北田暁大×張學錬「バックラッシュの男性学」概要メモ(前半)

荒川区男女共同参画社会懇談会について

  • 男女共同参画社会基本法が制定され、法律を具体的に運用・試行していく過程の中で、各地方自治体でそれに関する条例や行動計画が作成されるようになってきた。
  • 荒川区で独自の条例を作成するということで、区長が懇談会を立ち上げた。そのメンバーとして東京弁護士会に参加要請があり張學錬氏が参加。張氏は東京弁護士会にある「両性の平等に関する委員会」に所属しており、荒川区からは男性の弁護士を要請され参加することになったとのこと。
  • 荒川区では2004年5月に助役が、9月に区長が汚職で逮捕されたが、この二人がまさに条例作成の推進派だった。荒川区は以前に男女共同参画社会基本法に関しての懇談会が存在し提言がなされていたが逮捕された区長が就任した時に自分たちの考えにそぐわないということで前の決定を反故にするために再度懇談会を設置したのが実情。最初に結論が決定している懇談会だったらしい。
  • 懇談会のミッションは約4ヶ月で条例案を作成するというもの。
    • メンバーは17名で学識経験者と称する人が5名の他は一般人・各種団体所属者などで、基本的に法律の知識のない人ばかり、男女共同参画社会基本法の条文を読んだことがない人も多数いたらしい。
    • 5人の学識経験者は3人の男性大学教授・助教授と1人の女性の女性学・セクシュアリティ研究者と張氏だったとのこと。男性3名は懇談会の座長に林道義氏、憲法学専攻の八木秀次氏、新しい教科書を作る会の高橋史朗氏で、そもそも男女共同参画社会基本法に異を唱えている立場。
    • 法律を具体化・実現化していく条例作成の懇談会に基本法に反対の立場の人が入ってきており初めから結論ありきの、区長からすればとりあえず形だけの議論をやっておけばよいという様な懇談会だったとのこと。
  • 懇談会では参加者から「ジェンダー*1」なんて難しい言葉は知らないという意見が出たり(!)、さらに林道義氏から、ジェンダーという言葉は人口に膾炙していないので使うのは問題があるとし、さらに個人的な見解として、「ジェンダー」という言葉はジェンダー・フリー*2論者たちが社会的に生産された性差が人工的に作り出された不当な差別であると説明するための概念であるので、「ジェンダー」という言葉を使うことをやめにしよう、という旨の発言をしたとのこと。
    • 張氏曰く、条例の出発点となるキー概念である言葉を無視するくらい最初から結論が決まっている懇談会に感じたとのこと。
  • 懇談会の進行も奇妙で、男女共同参画社会基本法を読む・学ぶということはまったくせずに、会長周辺から「そもそもジェンダーとは何か」とか「子育てと男女平等」「リプロダクティブ・ライツ、リプロダクティブ・ヘルスについて」などというテーマが提示されて、「ジェンダー」という概念は無効でありおよそあらゆる性差というものは社会的に生産されたものではないなどとそもそも基本法の根幹を揺るがすような方向で非常に抽象的な議論をしていたとのこと。条例を作成するための懇談会において、基本法という枠組を元にしてそれをどう生かすかという議論ではなくて、基本概念を再考するような議論がなされていたとのこと。
  • もうひとつの議論の方向性として、「子育ての非常な重視」があったとのこと。男女平等よりも子育ての方が優先順位が高いという論調だったとのこと。子育てを疎外するような男女共同参画社会は許さない、女性に子育てをさせるために女性を家庭に縛り付けておきたいというという文脈で議論されていたらしい。特に3歳くらいまでの幼少期は母親が時間をかけて子育てを行うべきであると主張し、男性の役割については論じなかったとのこと。さらに子育てをするシステムとしての専業主婦の擁護し、男女共同参画社会の風潮は専業主婦バッシングになっていると主張していたらしい。専業主婦の家庭が少数派であること、共働き・片親家庭が多数存在することはまったく考慮せずに専業主婦家庭を標準モデルとし、それを守っていくことが健全な社会を作るという考えらしい。
  • 「リプロダクティブ・ライツ(子供を産む/産まない権利)」について、究極的に男女で産む/産まないという意見が別れた際に最終的にはその選択権は女性にあるというものである*3とする考えであるけれども、それを女性に与えるのは否定的な考え方をしていたとのこと。リプロダクティブ・ライツについて議論しないことでそれを無効化・棚上げしようとしていたらしい。
  • さらに性教育リプロダクティブ・ヘルス)についても、世代の再生産における女性の健康上の問題であり、性の知識がないことによる無知によって女性の被害が出てくるので性教育という形で情報を開示する必要があるにもかかわらず、性教育を堂々と青少年に行うのはどうなのかという消極的な考え方だったとのこと。根拠なしに自分たちの触れたくないという感覚で議論していたとのこと。
  • 男女共同参画社会基本法の大きなテーマである、男女が自分の生活において選択をする際に性別の違いがその選択について中立でない影響を与えるような制度・慣習がある場合それを変えるような方向でいくべしというような条文(第4条)があり、これが「男だから」「女だから」ということを決め付けないようにする社会へと変えていく意思を示しているのだが、これに林氏らは非常に抵抗していたとのこと。それは思想信条の自由を侵害する憲法違反だと(笑)、そんなことは許されないと男女共同参画社会基本法そのものを否定してしまっていたとのこと。
男女共同参画社会基本法・第四条 (社会における制度又は慣行についての配慮)

第四条 男女共同参画社会の形成に当たっては、社会における制度又は慣行が、性別による固定的な役割分担等を反映して、男女の社会における活動の選択に対して中立でない影響を及ぼすことにより、男女共同参画社会の形成を阻害する要因となるおそれがあることにかんがみ、社会における制度又は慣行が男女の社会における活動の選択に対して及ぼす影響をできる限り中立なものとするように配慮されなければならない。

  • 懇談会では議論は実質的になく、林道義氏一人が延々と独演していたらしい。何をやっているのか不明でまったく生産性がない議論が続いたため、また結論が東京弁護士会の弁護士が参加して出来てたものであるとされても困るとのことで、張氏は懇談会の委員を辞任されたとのこと。それが報道されて、荒川区で変なことが起きているということが世に認知され始めたとのこと。
  • 張氏が男女共同参画社会基本法を読んでみて感じたことは、この法律がけっこういい加減であるということらしい。とりあえずまず立法ありきで内容は保守派の方々から反対が出にくいようなものが志向された法律であるとのこと。しかし実際法律ができるとそれを施行するための計画が必要であり、社会が動いていくことになるが、これに対しての「バックラッシュ」が起きてきていて、法律の曖昧さを突いて異議を唱えているのが現状ではないかと分析されていました。

フェミニズムバックラッシュの関係、そして男性学

  • 北田氏は張氏が辞任された頃から荒川区の問題について気にかけ始めたとのこと。
  • 【北田氏の問題提起】
    荒川区の問題以前にこのような問題はなかったのか。林道義氏の『父性の復権』『家族の復権』がそこそこ売れており世の中の一定層がそのような考え方をしていることは理解できる。内田樹氏が『ためらいの倫理学』でフェミニズム批判を行っており、フェミニズムの内容は批判しないが語り口が問題として主張しているとのこと。これを多くのリベラル・市民派と呼ばれる社会学者も『ためらいの倫理学』を読んでフェミニズムへの違和感が理解できたと喝采しているとのこと。一般の人も官僚も基本的にフェミニズムの考え方は浸透していてその流れは止められないと考えていると思われるけれども、実は「ジェンダー」概念が重要だとか言っている知識人たちは内心忸怩たる思いがあったのかと感じたとのこと。これは「男性学」の問題になってくるのではないか、全国各地でジェンダーフリーに対するバックラッシュが起こっており主に男性がそういったものにひかれていくということを考えていかなければならないとのこと。
  • 北田氏の立場はリベラリズムフェミニズムに対しても共感的。80年代以降語られてきた専業主婦と働く父というモデル家族を選びたい人は選べばいい、そういうものが嫌な人は別のモデルを選んでいい、という出来る限り選択肢を開いておく立場であり、すべて自分の「趣味」であって他人に押し付けるべきではなく、特定の「趣味」を社会的な制度で固定的に過剰に保護するのはどうかという立場であるとのこと。これはある種のフェミニズムからは批判されうる立場でもあるとのこと。
  • 自分の選択肢が数ある選択肢の一つであると相対化されることに腹が立つ人がかなりいるようだとのこと。専業主婦が問題なのではなく専業主婦が制度化されていることが問題と認識しているとのこと。制度は多くの人の価値観・選択が互いに尊重されるような公正なものであるべき。
  • 男女共同参画社会基本法に関してはフェミニズムの立場からも批判が多く、ラディカルな立場からするとザル法であり、別の視点からはネオリベラリズム的な経済体制に女性を組み込もうとするものだという批判もあるとのこと。しかし大沢真理氏が代表なように市場に取り込まれるのはわかっているがあえて戦略的にやっているという立場もあるとのこと。つまり専業主婦という制度を選択肢の一つとして相対化していく社会システムにし、男女共に働くという選択肢を開いておくことが重要だという立場。
  • バックラッシュ」とは専業主婦というものをモデル化せず多元的な選択肢の一つとして相対化されることが腹立たしいと思っている人たちがいるのが現状で、若い人(団塊ジュニア世代)にも多いと推測されるとのこと。団塊ジュニア世代に親である団塊世代がもっとも専業主婦率が高いらしい。1975年に女性の労働者率が最低を記録し、1970年代後半に専業主婦がいる家族形態が30%台後半でそれがピークだったとのこと。それ以前・以降は専業主婦というものが女性の普通のライフコースではなかったという現実があるとのこと。
  • 専業主婦を前提とする家族形態はどうやったら可能になるか考えると、企業が家族賃金という考え方で賃金に込めているという体系が基本としてあった。年功序列制も含む基本的な日本の雇用システムは1970年代くらいに確立するが、これは右肩上がりの経済成長が前提。年功序列・家族賃金・福利厚生で専業主婦がいても十分養えるというシステムだったとのこと。
  • 70年代にオイルショックがあり、80年代に従来の家族制度を将来的に維持することが困難になっていくことが認識され始め、80年代に作られた配偶者特別控除もそれへの対応だったといえる。この制度は今年度から廃止されることが決定したが、なんとか「男は外で仕事、女は家事・育児」という体制を維持しようとしたのが80年代であったとのこと。90年代以降は抜本的に経済的・社会的に改革しなけらばならない状態に来ているのは実感の通り。このような状況とフェミニズム・男女平等の理念がたまたますれちがった瞬間に女性の雇用促進という考え方がでてきたとのこと。戦後の日本の社会制度の中で出来てきたモデルを優遇していくということはもうなくなっていくと考られる。バックラッシュ派は「趣味」として専業主婦を選択しても問題ないと相対化されると、天下国家を支える基盤なのだと反論をしてくるが、専業主婦を前提とした企業・経済・社会の体制はもう立ち行かないというリアルな側面から考えても後戻りは出来ないとのこと。
  • またフェミニズムが主張してきた女性の生き方・ライフコースを開いていくことが重要とのこと。大学で女子学生を見ていると、生まれてこの方女性差別を受けて意識してきたという人は結構少なく、その壁として最初に突き当たるのがやはり就職活動とのこと。ここで女性に対して社会に壁があることに気付く人も少なくないと感じているとのこと。北田氏は彼女等にジェンダーの問題というのは、差別感を感じている/感じていないという「意識」の問題ではなく、制度の問題としてライフコースが相当制限されていることを解除していこうとすることあ男女共同参画社会の定義なのだと言っているとのこと。北田氏はジェンダーの問題を文化論的に語るよりも経済的・社会的問題であることをまず踏まえることが重要だと主張していた。社会を設計していくときのハード面を考えては初めて差別意識の問題も解消されていくのではないかと。
  • バックラッシュ派は「雛祭り・鯉幟が差別?」「男女別名簿が差別?」などわかりやすい草の根のアンチ・フェミニズムを主張し非常に訴求力があるとのこと。北田氏はそのような問題は瑣末であり、社会の制度をどれだけ整えていくのかという方向に目を向けていく言説を紡ぐ事が重要だと主張していた。バックラッシュ派は昔の左派が得意だった運動として草の根レベルからのわかりやすいレトリックで人を巻き込んでいくということ、情念を掴むということに長けているとのこと。そこには論理のごまかし、データのごまかしがたくさんあるとのこと。「家族が大切だ」「子育てが大切だ」と言われて否定する人はいない。そこからいかにフェミニズムがおかしいかと主張するのがバックラッシュ派の戦略であるとのこと。バックラッシュ派に賛同してしまう人は別に右でも左でもなくわかりやすいレトリックに巧く取り込まれているのではないかとのこと。フェミニズムの思想は一応体制内化していると考えられるので、バックラッシュ派の専売特許になっている草の根レベルでのわかりやすい運動を再度考えていかなければならないのではないかとのこと。-そしてようやく日本において「男性学」というものが初めて必要になってきたのではないかと*4。「初めて」と言うのは、なぜ男の人がこんなに屈折した感情になるのかということがようやく問われる段階になってきたとのこと。
  • バックラッシュ派がとるフェミ・ナチ批判―敵を外部に作り・単純化し・いかにとんでもないかを示す手法―は昔左翼がやっていた手法なので、バックラッシュ派のお里が知れるとのこと。
  • 北田氏は、就職活動まで差別を受けたことのない女の子、女性にはやっぱり家に入っていて欲しいと思う男の子たちにフェミニズムの思想に接する・近接するメディエーターとしての役割を果たしていきたいと考えているとのこと。

*1:ジェンダー:社会的、文化的に形成される男女の差異。男らしさ、女らしさといった言葉で表現されるもので、生物上の雌雄を示すセックスと区別される。

*2:ジェンダーフリー:社会・文化的に作られた性=ジェンダーに必ずしも縛られる必要はない=フリーという意味

*3:リプロダクティブ・ライツ:女性が望まない妊娠をさせられたり、子供を産む道具として扱われてきた歴史的文脈に対抗するために登場した考え方

*4:こう言うと伊藤公雄氏怒られるかもしれないと言っていた(笑)