映画『パプリカ』鑑賞

kwkt2006-11-25

テアトル新宿で本日より公開の今敏監督の映画『パプリカ』を観てきました。筒井康隆氏の同名の小説が原作。今監督の作品『千年女優』を観た原作者の筒井康隆氏がアニメ化を要請したとか。
主人公の才能があり怜悧な印象を漂わせるサイコセラピズト・千葉敦子。彼女は「DCミニ」と呼ばれる他人の夢とシンクロできる機器で極秘のセラピーを行うときはコードネーム「パプリカ」として性格も見た目も異なった自由奔放の少女となりクライアントの夢の中で治療を施す。しかし「DCミニ」は開発段階であり他者の夢にシンクロすることで夢(=精神)を支配してしまうことも可能という危険性も孕む機器。それが何者かに盗まれ悪用される事件が発生。事態を解決すべく主人公は「パプリカ」として夢と現実が渾然一体となった世界で犯人を捜す、というあらすじ。
様々な荒唐無稽な場面が次から次へとめくるめく夢の中の世界。それはまた現実感覚のキッチュさを示す表象と象徴の嵐でもありました。僕らが見ているのは現実なのか夢なのかだんだんと不明になり渾然一体となっていく世界が描かれていました。
「DCミニ」を悪用する側は夢と科学の二項対立図式を持ち出し「夢の世界に科学が侵食してはならぬ」という主張のもと科学(=「DCミニ」)を独占利用して(自分たちだけの)妄想を実現化しようとするマッチポンプ。それは、例えば脳科学による脳・精神メカニズムの解明やコンピュータ工学の進展、はたまたネットワーク上で情報が生成・結合し主体の欲望が喚起され生成する社会環境など、従来の「人間的」なるものへのアプローチとは異なった手法・環境に対して、精神科医による精神・夢の領域を、そしておそらくその背後には文学(者)による思想・良心の領域を、つまり「人間的」と呼ばれる領域を聖域化・独占化しようとする欲望を示している様でもありました。筒井康隆氏の原作は未読なのですが、文学の世界での上記の欲望を抱いてしまいがちな脆弱さを表現しているのかなと勝手に思ってみたり。


それにしても「精神・夢の共有・シンクロ」「現実に漏れ出す夢・妄想」「現実と夢/自己と他者の境界線の曖昧化」という設定は面白かったです。「DCミニ」が現時点で存在するわけではないので(?)僕らの個体レベルでそれらの現象が起こっているわけではないですが、インターネット上でのファイル共有ソフトによってハードディスクのレベルではすでに問題化しています。そしてその現象を鑑みれば、この作品の限界も見えてくるような気がします。作中では「DCミニ」が希少であり特定の人間しかアクセスできないがゆえに妄想を現実化させようとする「大ボス」を倒せば、そしてその契機として主要な登場人物がそれまで素直に認めようとしなかった一面を受け入れられるようになれば(=救済されれば)物語が円満解決してしまいました。しかしこの作品が提示した問題ははたしてその程度のことで解決するものなのか。
僕が先日お話を聞きに行ったシンポジウム*1で、精神科医斉藤環氏はこれからのネットワーク社会・ユビキタス社会とよばれる環境においては「無意識が二重化する」と仰っていました。無意識とは「主体の代わりに判断をしたり欲望したり主体の気づかないところで主体の判断に影響を与えたりするもの」だと理解するのであれば、主体の与り知らないところで情報のインプットが行われ情報が生成・結合され主体の欲望が喚起・生成されていく社会においては「無意識が別のロジックでシミュレートされるであろう」と。
「DCミニ」のような完全性・全体性は再現できなくとも、部分的・局所的・偏在的に僕らの知識・思想・妄想・無意識は、ツリー構造的・統制的にではなくリゾーム構造的・自生的にある種の無秩序・ある種の秩序を伴って、共有されシンクロしていくのではないでしょうか。とすればすべての人間の夢・精神全体を覆おうとしたマッドな個人的妄想の恣意性が否定され「大ボス」を倒したらすべて丸く収まりました的な結末でよいのか。むしろ個別の各所で思念が共有されシンクロするその場その場での環境の構築のされ方・構造やそれを見据えようとする各人の姿勢・振舞こそが問われてくるのではないでしょうか。それは当作品で描かれた「DCミニ」による夢の中のセラピーが唯一治療者の倫理・良心によってのみ担保されているだろうことにも示されているように思います。なぜある者は支配を志向しある者はクライアントの回復のための治療を施そうと志向するのか。それを分岐するものは何なのか。その社会で環境で「人間的」であるとはどういうことなのか。その理想像として夢の中での魅力的な治療者・パプリカが表現されていたようにも思いました。


今監督の『パーフェクト・ブルー』と『千年女優』を前もって観ているとその作風が受け継がれていることがよくわかります。でもちょっと新鮮味が欠けていた感があったのも事実。そろそろ作風の変化が必要かもしれないのではとちょっとだけ思いました。
なお公式サイトには精神科医香山リカ氏がエッセイを寄せられています。

追記:2006-11-26

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