羽生真名『歌う船人』

隆慶一郎氏の娘さんが父親の姿を描いたエッセイ『歌う船人――父隆慶一郎のこと』を読む。読めば読むほど、隆氏は今ではまったく考えられないような昭和の凄い人だ。そして小説の登場人物は本当に隆氏の分身なんだ、と思わせる娘さんの述懐の数々。学徒出陣、戦後の混沌を経ている隆氏の記述で改めて目につくのは、その感情の一筋縄でないところ。ベタに平和なんて信じていなかったし、ベタにシステムなど信じていない。あくまで一介の個人として家族と、他者と、社会と対峙する。そんな気概ある昭和人から受ける爽やかさと凄みにはしびれるものがある。