蓮實映画史 蓮實重彦とことん日本映画を語る VOL.7

日本の映画評論といえばハスミ。そしてハスミといえば小津安二郎。そうあの蓮實重彦氏の話が聞けるという事で、19:00から青山ブックセンターにて「蓮實映画史 蓮實重彦とことん日本映画を語る VOL.7」というイベントに参加した。ちなみに料金は無料。VOL.7ということでシリーズ化されているようだ。


ちなみに蓮實氏といえば、東大学長時の入学式における超長い式辞で有名だが、僕ももし興味がない話題や映画の細かくて知らない話題が延々と続いて眠ってしまったらどうしよう、なんて思いながら参加したが、それは杞憂だった。昔の知らない映画の話ばかりだったが、話している部分が上映されたし、話の内容も面白かった。特にタイトルはついていなかったが僕なりに解釈してみると、「映画における向かい合った二人の人物の映し方について」。
蓮實氏が最初に口にしたのが「日本映画に『畳』が映らなくなった」ということ。『畳』が映ると映画は小津映画になってしまうらしい。これはどういうことなのか?小津安二郎の映画では二人の人物が向き合って会話する時、喋る人物を正面から撮り、話し手の視線はカメラに(もしくはちょっとずれた方向へ)向けられる。話し手はカメラに向かって話すような感覚になる。話し手が変わると、カットが切り替わり話し始めた人物が正面から撮られる。会話が終了するまでこれが延々と続く。『畳』とは要するに日本間のことで、狭い日本間で会話を撮る時に、上記の手法をとってしまいがちになるらしい(映画監督・黒沢清氏が「意地でも日本間で撮らない」と言ってたのだが、仕方なく撮らなければならないとき、黒沢氏が指示してないのに、カメラマンも俳優も小津的構図で撮るのが一番適していると無意識的に構えてしまったらしい。そのシーンも見る事ができた。)。
これに対して、ハリウッド映画やテレビドラマの手法として一般的なのは、二人の話者が向き合っている時に、カメラはまず二人が向き合っている俯瞰した絵を撮り、その後向き合っている図で左を向いている人間を斜め左側から撮り、右を向いている人間を斜め右側から撮ることで、会話の応酬を映しているような編集をする。つまりそのシーンは発言が切り替わるたびにカットが入って、発言のシーンは俳優がひとりで喋っているということになる(小津映画も同様)。ただしこの斜めから撮って視線がカメラの外を向いているというのがポイントでこれで見ている側が喋っている人間が他の対象に対して喋っている事を認識する。あとはそれを繰り返す。これを蓮實氏は「180度の法則」と言っていた。ラブシーンであれば盛り上がってくれば引いて二人を映しす、喧嘩シーンであれば論争が終わって出て行く人物を引いて撮ったりする。このような手法が一般的になったため日本間での撮影が難しくなり、「畳が映らなく」なったらしい(現在では日本間シーンが仮にあったとしても「180度の法則」で表現されているようだ)。
で、この手法が一般化した外国映画からすると、小津の手法は斬新ということになるらしいのだが、蓮實氏はこれも実は違うと言っていた。昔のハリウッド映画、フランス映画では、向かい合う二人の人物の会話を、例えば、喋る側の一方を左側から撮り視線は画面外に向けさせ(ここまでは「180度の法則」と同じだが)、もう一方が喋る時にも(カメラが裏に回って)同じ左側から映していたりする、つまり喋る人間が必ず同じ方向を向いている例があったりするようだ(このシーンも見せてくれた)。小津の表現手法は画面に向かって話しかけている点で「180度の法則」から比べると斬新なのは確かだが、日本映画にはこの他にも「180度の法則」意外の表現手法が早くから認識されていた、という話が今回のポイントだった。
世界的評価の高い溝口健二監督の作品では、会話するシーンにて一方を映し一方をカメラから外すという編集を使用した会話シーンを用いず、カメラは終止話者を引いて撮り、ワンシーンをワンカットでとってしまう、という手法を用いていたらしい。これを見たゴダールはこんな手法があったのかと地団駄踏んで悔しがりパクったらしい(表現が悪いが)。しかしこの手法は日本では当時評判が悪く、引いているため俳優のアップがなかなか撮れないせいもあり、俳優を売り出すプロダクション側からはかなり不評だったらしい。しかし表現手法的にはワンシーン・ワンカットのために緊張感があり見ている側を映画に引き込む力がある。今回流された溝口監督の「近松物語」「山椒太夫」の断片的なシーンを見ただけでも、相当映画の中に引き込む力があった。溝口健二監督は日本では評価がその世界的評価よりは低く見られがちで蓮實氏は中高生の頃からのファンらしく「その恨み(笑)を晴らす為に映画批評をやっている」と言っていた。この手法は80年代に相米慎二監督(2001年に53歳で逝去)に引き継がれたが(「ションベン・ライダー」「お引越し」)、その後の日本映画ではついぞ見かけない、とのこと。今後その経過を見て行きたい、と語っていた。


映画におけるカメラの位置や視線の向きを読み取る事でいろいろなことが見えてくるのがわかる。今回の話を聞いて映画を見るときの引き出しがひとつ増えた。面白かったのでまた開催されたら行こうと思う。
付け加えると、青山ブックセンター青山学院大学のすぐ近くにあるせいか、内装は綺麗で、学問系の本のセレクションが(僕にとって)最高。ベストセラーでない限り置かれる本は店員の趣味で大きく変わるらしいが、社会学とか思想近辺の分野はここの店員はよく知っているのだろう。僕の本棚にありそうな本がたくさん置いてあった(=僕が読みたそうな本ばかり)。場所が半蔵門線の渋谷駅と表参道駅の中間でちょっと歩く距離があるが、月に一度くらいは通おうと思った。