映画『時をかける少女』鑑賞

kwkt2006-07-15

テアトル新宿にて本日から上映開始の映画『時をかける少女』(アニメリメイク版)を鑑賞してきました。細田守監督。どこかで見たことある絵だなとおもったらキャラクターデザインは貞本義行氏。
原作・前作のSF的設定を引継ぎつつも可能な限りそれは後景としており、今の17歳の女子高生を主人公として、日常の中のいつもの、しかしいずれ変わっていかざるを得ない周囲の仲間との関係がストーリーの中心でした。


主人公はとあるきっかけから「時をかける」こと(タイムリープ)ができるようになるのですが、話はもし歴史を変えてしまったら・・・というような大仰なものではなく、最初は家族に食べられたプリンを食べられる前に戻って食べたいとか、数日前の晩御飯のおかずを食べたいとか、カラオケの終了時間から開始時間に戻って何時間も歌ってみたりとか。その後は少しずつ変わり行く日常の人間関係の中でちょっと前に戻れるならこうしていたのにということを実際実行してみたりします。
しかしそのような等身大的日常でさえも「世の摂理は人知を超える」ので過去に戻って選択を変更してみてもなかなか主人公の思う通りには現実は動かないというドタバタが描かれております。だれもが一度は思ってしてしまいがちな過去に戻ることができたらという夢想。過去に戻って周囲との関係をもう一度選択し直せることは果たして幸いなのか?現実の選択の一回性のかけがえのなさを認識できるステキな夏休み映画となっておりました。

ナショナルジオグラフィックセミナー『ユダの福音書』の謎を追う 参加

NATIONAL GEOGRAPHIC (ナショナル ジオグラフィック) 日本版 2006年 05月号 [雑誌]原典 ユダの福音書ビジュアル保存版 ユダの福音書
 中央大学駿河台記念館で開催されたナショナルジオグラフィック主催の講演会「『ユダの福音書』の謎を追う」に行ってきました。講演者は『ユダの福音書』の翻訳に当初から関わってきたマービン・マイヤー教授(チャップマン大学(アメリカ・カリフォルニア州))でグノーシス主義や「トマス福音書」など新約聖書外典の研究者。会場には300人を超えると思われる大観衆。『ユダの福音書』に興味を持たれている方は相当いるであろうことが推察されました。


なお7月13日にも大手町の日経ホールにて大々的な講演が行われたらしく、そちらはすでにナショナルジオグラフィックのサイトで当日の光景が紹介されています。


以下は講演の要旨として配布されたタイトルと僕のメモ書きです。
※要注:以下のものは私が見聞きしてきたことを書き留めたものであり、発言者の真意を正確に反映しているとは限りません。

ユダの福音書』発刊の反響
  • 世界中に驚きのニュースとして迎えられているそうです。
古文書発見から、現在に至るまでの経緯
  • 1970年代に盗掘で発見され、古美術の取引や盗難などで転々とし、高値で買い手がつかず銀行の貸金庫に保管されていたりしたそうです(それらがパピルスを劣化させる原因となったようです)。
復元に向けての血のにじむような努力
  • ボロボロになっていたパピルスの断片を専門家の手によって5年間かけて80%以上の内容を復元できたそうです。
  • パピルスは巻物ではなくハードカバーのついたページは両面に文章が書かれた写本だったそうです(チャコス写本)。
写本の真偽を明らかにするため炭素14年代測定
  • チャコス写本に炭素(C)の同位体の炭素14(C14)の放射性炭素を使用した年代測定を実施。紀元後280年ごろ(±60年)に作成されたと測定されたことで、文書発見でありがちな偽文書・後世の捏造という疑惑はないとのことです。
  • チャコス写本は4世紀の初め頃に「ユダの福音書」を含む多くの福音書がエジプトの古代語・コプト語に翻訳されたものが写本されたものと考えられるとのこと。
グノーシス主義の思想を描いた『ユダの福音書
  • グノーシス主義は精神的・神秘的・霊的な直感的な洞察を重視。異端として排斥されてきた歴史を持つ。
ユダの福音書』に描かれた、イエスとユダの関係
書き換えられるキリスト教の歴史
  • ユダの福音書」の原典は2世紀中頃にギリシャ語で書かれていたと考えられ、それは新約聖書福音書が書かれてから数十年後のこと(そんなに時代差がない)。
  • これまでと違ったユダの描写をもつ福音書の登場によって、今後学者たちによって初期キリスト教の形成期・黎明期の教会の役割を見直すのに大きな意味を持つだろうとのこと。
  • キリスト教会は発展するに従って真実に対する唯一の見解が正統でありそれ以外の考え方は虚偽・異端であると排斥してきたが、初期キリスト教には「ユダの福音書」に見られるように多様な福音書・多様な福音書に対する理解・多様なイエスに対する信仰の方法があったと考えられるとのこと。
ユダの復権と再評価
  • ユダの福音書」ではユダは信義に背いた裏切り者としてではなくイエスの友人として描かれている。ユダはこれまで悪魔のような存在としてみなされてきたが、イエスの第一の弟子・友人として復権する可能性がでてくる。
  • 新約聖書福音書では最終的にユダは悪者として描かれているが、「ユダの福音書」の肯定的なユダ像からもう一度新約聖書を読み直してみると様々な解釈が生まれる可能性がある。
現代における『ユダの福音書』の意味
  • 教会が発展していく中でユダを裏切り者・邪悪な者と解釈する傾向が強くなっていき、多くの芸術・作品の中で金のためなら師をも裏切る陰険で邪悪なユダヤ人の象徴として風刺的に描かれ、それが反ユダヤ主義へと結びついていく土台となった。
  • ユダのイメージはすぐに変化しないかもしれないが、ユダと反ユダヤ主義について再考を促すことができれば、反ユダヤ主義を形成する要素の一部を緩和できるかもしれない。
  • ユダの福音書」は全世界的に宗教に関係なく普遍的に訴えるものがある。ユダという人物が裏切り者として糾弾されていたのが「許される/赦される」「復権する」という面がある。現代の世界においても線の向こう側の人間は人間に値しないというような考えが多くある中、お互いの立場をお互いに認めあうということが読み込まれているのではないか。

面白かったのが「教会のこれまでの反応・これからの反応で予想されることは?」という質疑応答。

  • 大半は前向きな反応。
  • 教会関係者の中でも反応は様々。
    • 解釈学上の発見と受取る人もいれば、歴史上・考古学上の発見として受取る人もいる。
    • 異端であるけれども読む価値はあると考える人もいる。
  • 教会の指導者レベルで数は少ないものの反対意見を述べている人もいる。
    • ローマ法王は反対の立場。(正統と異端を区別した/してきた/しているのはローマ教会だから?)
    • メキシコの神父が「『ユダの福音書』に関することを読むことも罪である」と信者たちに発言。
    • 発見・翻訳の関係者に「このような発見で本を出すのは愚かだ」との趣旨のスパム・メールが連続して送られている。

と、一部でバックラッシュも発生している模様。マービン・マイヤー氏はバックラッシュが起こることは予想された反応であり、「『ユダの福音書』は誰にも受け入れろという意味は持っていないので誰にも脅威と考えてほしくない。新しい視点が提供されたという意味でよい機会だととらえてほしい。」との趣旨のことを述べられていました。


※要注:以上のものは私が見聞きしてきたことを書き留めたものであり、発言者の真意を正確に反映しているとは限りません。


今回の一連の講演内容・詳細はナショナルジオグラフィック2006年9月号(8月末発売)で紹介されるとのことです。